既存の都市やまちが特別になる ──アーバニストユニット〈for Cities〉の石川由佳子さんと杉田真理子さんに訊く、場づくりの編集と「よそ者的態度」とは? 後編
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申込締切:2024年9月末まで
まちへの「介入」は、小さなことからでいい
──講座の開講にあたり、お二人は場の編集を「都市、空間への介入の可能性を探っていくこと」という言葉で示しています。具体的にはどのような視点や活動を大切にしていますか?
石川さん:新しいものを作るというより、いろんな情報がテーブルの上に置いてあって、どのような切り口や流れで見せたら面白いだろうかという視点を持ちながら、入れ替えてみよう、色を塗ってみよう、要素を追加してみよう……といろんなアレンジや組み替えの可能性を探していくことが編集だと思っています。
──雑誌の編集に近い感覚ですね。
石川さん:例えば、みんながAと思っている使い方も、裏面から見るとA'という別の価値が生まれる。誰かにとっては何の変哲もない普通のものが、ある人にとっては特別なものである。見せ方や組み合わせ方、体験の仕方の視点を少し変えてみることで、大きなことをしなくても既存の都市やまちが特別になったり、新しい価値を持ったりする。まちの要素を組み替えたり転換させたりするところが場の編集であり、介入の仕方だと思います。
──「介入する」とはどのようなアプローチでしょうか? 都市や場への介入という考え方は人によって異なるかと思うので、お二人が考えているイメージを伺いたいです。
杉田さん:介入の仕方は人によっても違うので、私は「できることをする」「やりたいことをする」くらいのレベルでいいんじゃないかなと思っています。例えば、私の家の近所に毎朝掃除をしているおばあさんがいて、彼女は都市に介入していると思うんですよね。本当に小さなことでいい。介入と言ってしまうと大仰に聞こえますが、誰かと誰かを出会わせるとか、何かくすぶっているものがあったら風通しをよくするとか、そのような姿勢が介入につながると思います。
──for Citiesの活動は指数化、数値化されにくい側面もあるように感じました。行政との取り組みやまちづくりにおいて、どのように指数化せずとも目標や成果を共有していますか?
杉田さん:確かに指数化しづらいですが、とはいえ行政とのお仕事では指数化をしないと次に進めないことは多々あります。そんな時はあの手この手で工夫して、成果を分かりやすい言葉で伝えるよう取り組んでいます。業界ごとに話している言葉と論理が違うので、翻訳に近い作業ですよね。
──なるほど、それも編集的なアプロ―チですね。
杉田さん:2024年3月に開催した千代田区有楽町での展覧会「野台 ~五感を開放する都市の居場所〜」で社会実験的にインスタレーションを作りました。しかし、それだけではクライアントやディベロッパー、世の中に価値が伝わりづらいので、東京大学の山崎嵩拓先生に入っていただいて、アカデミアの視点から調査をしてもらいました。そういった振り返りや検証、アーカイブは行っています。
石川さん:私たちは、当初から「関わる地域に置き土産をして帰ろう」と考えています。私たちが一生そこの地域に携わることができるわけではないので、立ち去った後でも地域で使えるツールや発信できるものを意識的に残していきたい。2022年に行った神戸市長田区のプロジェクトでは、行政の人たちがプロジェクトの価値を伝えられるようなミニ冊子を作り、地域の本棚にも並べてもらって一般の人でも手に取って参照できるようにしました。
「よそ者」の視点って、なんだろう?
──for Citiesの活動では「よそ者」の視点を大事にされています。よそ者の視点とは、どのようなものでしょうか?
杉田さん:最近、「よそ者」に関する研究者の論文を読んでいたんです。その中で、「よそ者」というと地理的に外から来た人と思われがちだけど、地域にいる人と違った視点を持っている内部の人もそのように言えるのでは、と書かれていました。例えば、自分だけ育った言語が違う、考え方がアーティスティックで周りの人とアプローチや目線が違う、体に障がいがあるからこそ自分ならではの視点があるというのも良い意味で地域の中で「よそ者」の視点を持ち得るんじゃないかという話が印象的でした。なので、地理的に外部である必要はないという点が一つあるかと思います。
──移住者や関係人口とは異なる視点ですね。
杉田さん:あと、もう一つ「よそ者と認識される時点で、その人はもうその地域の内部に入っている」という視点も面白かったです。通過するだけの人、何もコンタクトを取らない観光客は、そもそも「よそ者」としての認識すらされない。
石川さん:そこに何年住んだとか、住民票があるかどうかより、新しい視点や違う要素を持ち込めるのが「よそ者的態度」だと思っています。
──お二人には「よそ者」の視点が持てなくなる場所や状況はあるのでしょうか?
石川さん:私自身が「よそ者」ではなくなった経験としては、渋谷でのプロジェクトを3、4年ほど続けていた時、あまりにも没入しすぎて、がんじがらめになったことがありました。いろんな要素や人間関係などが見えすぎてしまったので、そこから離れて距離を置きました。倦怠期のカップルみたいですよね(笑) その後、時々は渋谷に行くようになり、それからは再び新しい価値を生み出せるかもしれないという「よそ者的感覚」がもう一度生まれました。「よそ者」の視点は、まちとの心理的な距離感や解像度が関係しているのかもしれません。
杉田さん:しがらみをすごく軽やかに越えていける人や良い意味でしがらみを無視できるような人が「よそ者」なのかも。定期的にその場所から離れてリセットする態度も必要なのかもしれない。
さまざまな分野の、場づくりの実践者たちとともに
──「編集のレッスン」は、さまざまな分野の方が講師として加わるのも大きな特徴です。今回は4名の講師が参加しますが、場の編集やまちづくりをしている方ばかりではありません。今回のゲスト講師について、どのような点に注目して選出されたのかをお聞かせいただけますか。
杉田さん:山形県でデザイナーとして活動する吉田勝信さんは「採集家」という肩書もお持ちです。彼は、場所からさまざまなものを採集して、そこから物語を読み解くのがすごく上手な方だと思います。採集物からインクを作ったり、デザインのパターンを作ったり、その場所にあるものを採集していくことから、場を理解していくという視点が気になっています。
石川さん:マルティンメンド有加さんは、ご夫婦でクリエイティブレジデンスAlmost Perfectを営んでいます。台東区蔵前の下町に拠点をつくり、世界中のクリエイターが集まって表現活動をしています。最近、新しく「リトリート」というコンセプトを掲げて再スタートする転機を迎えているところなので、その背景などを実践者としてお伺いしたいです。
また、有加さんのバックグラウンドとしての「INHEELS」や「unisteps」などファッションの領域でのサスティナビリティの教育活動や社会を見る視点についても興味があります。私たちと異なる活動領域でも活躍されている方なので、その視点も交えながら、場や社会をつくる点において、どのような未来になっていくのかを一緒に考えてみたいです。
杉田さん:私はまだお会いしたことがないんですが、泊まれる出版社の「真鶴出版」を神奈川県真鶴町で営まれている方です。川口さんのご活動は各所から耳にしていて、まさに場所をよみがえらせる達人だと感じています。「出版社機能を兼ね備えた宿泊施設」とも言えるところを「泊まれる出版社」と、ちょっとした違和感を与えるコンセプトも面白い。「真鶴出版」が発行する『日常』という地域メディアも素敵ですよね。日々の生活にアプローチしているのも、for Citiesのビジョンと重なるところがあり、とても興味深い活動だと感じていたので今回ゲストにお呼びしました。
杉田さん:都市デザイナー・空間環境デザイナーのクリスティアン・ディマさんは、研究者であり、大学で教鞭もとられています。彼が面白いのは、トランジションデザイン(※)という領域を扱っている点です。そして、「都市コモンズ」という概念にも向き合っています。都市コモンズを簡単に説明すると「都市における新しいコミュニティの在り方」となりますが、ドイツから東京というフィールドに移った中で、外部の視点を持ち込みながら都市を研究されているので、私たちにはない視点をお持ちなのではと思います。トランジションデザインのアプローチを活用した都市のデザインについても、講座でご紹介いただけたら面白いはずです。
(※)21世紀の社会が直面する気候変動、資源枯渇、パンデミックなどの地球規模かつ複雑性の高い社会課題に対処するためのデザインアプローチのこと。
──最後になりますが、「編集のレッスン [第3期]」を通じて、お二人はどのような受講生に出会っていきたいですか?
石川さん:仲間に出会えるといいなと思っています。講座で出会った人、聞いてくれた人とプロジェクトが一緒にできたらうれしいです。今年はプロジェクトをいろいろ広げていきたくて、そのためのメンバーやゆるやかに関わってくれる人たちを増やしていきたいと考えているので、講座が終わってからも将来的につながっていける仲間に出会えるといいなと思っています。
杉田さん:あと、偏愛が強い人にも会ってみたいです。昨年、獅子舞を偏愛する人に出会ったんですが、彼は全国のいろんな祭りを見て、獅子舞を残していくためのまちの条件として道の広さや人的リソースなどを検証して、『獅子舞生息可能性都市』という本も出していました。話を聞いていたら、私たちが定義しているような「アーバニスト」と近しい活動で、都市のスケールを個人の視点から捉え直すという姿勢にもつながっている。そのような偏愛を持って活動している人、そこに都市的なアプローチを投入してみたい人は、きっと私たちと趣味が合うんじゃないかなと思います。
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