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「わたしの偏見とどう向き合っていく?」川内有緒さん×木ノ戸昌幸さん『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』刊行記念トーク【開催レポート】

こんにちは! SPBS広報の丸です。今回は10月にオンラインで開催したトークイベントのレポートをお届けします。

2021年9月、ノンフィクション作家・川内有緒さんの著書『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』が刊行されました。本書には、川内さんが全盲の美術鑑賞者である白鳥建二さんや友人たちとともに、日本全国のさまざまなアート作品を鑑賞する様子がつづられています。白鳥さんと交流を重ねていくうちに、自分の中にさまざまな先入観や偏見があることに気付く川内さん。たとえば、障がいがある人に対して過剰に気を遣ってしまうこと、「困っている人には優しくしましょう」という前向きな行為が、「助ける人」「助けられる人」という関係を生み出してしまうこと。それらは、生きていれば誰もが直面するような身近なことでした。

自分には偏見や差別がないという思い込みの裏にこそ、偏見は潜んでいるのかもしれません。では、私たちが自分の中の偏見に目を向け、向き合って生きていくためにはどうすればよいのでしょうか? 著者の川内有緒さんと、本書の第7章に登場した障害福祉サービスを行うNPO法人〈スウィング〉理事長の木ノ戸昌幸さんが語ってくれました。

※本記事は、2021年10月23日にオンラインで開催されたトークイベント「わたしの偏見とどう向き合っていく?」の一部より構成したものです。
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行きすぎた善意は、差別にもなる

川内:白鳥さんとアートを見ている間に、自分でも嫌になるくらい、いろいろな偏見や差別をしていたことに気付かされました。それに気付くと知らない自分を別の角度から見るような気持ちになる。自分だけでなく、こんなにも人は日常の中で差別的なことを口にしていて、障がいがあるといわれる人は、普段からこんなにも多くの言葉を投げかけられているのかとハッとしたんです。

木ノ戸:差別や偏見は誰しも常に持っているはずなのに、それが“ない”という前提に立って生きるのはまずいですよね。偏見を持つことや差別をすること自体ではなく、それが「自分にはない」と思い込んでいることがまずい。

川内:たとえば、「自分には黒人の友だちがいるから人種差別はしない」という人とか。社会の中で無意識に“ない”と思い込んでしまうんですよね。

木ノ戸:『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』の中には、優しさや気遣いも行きすぎると差別や偏見になると書かれていました。そうした善意に覆われた差別や偏見は、たちが悪いんですよね。そこには正しさがあるし、分かりにくく、見えにくく人を傷付けている。

川内:白鳥さんと私が知り合ったばかりの頃、美術館で目の見えない人でも触って感じることのできる「触察ツール」に出合って。白鳥さんが館内を歩いていると、“目が見えない人が来た”となり、「この触察ツール触ったらいいですよ〜」とか「もっと触ってください」とスタッフに声をかけられるんです。白鳥さんは言葉を交わす時間を楽しみながらアートを鑑賞していて、必ずしも触りたいわけではないから、「いいです、自分は触らなくて」というと、「こっちは親切で言ってあげているのに」みたいな態度を取られる。善意も押し付けられ続けると、本当に大変なことだなと思いました。

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川内有緒さん(写真左)と木ノ戸昌幸さん(写真右)


今の自分が間違っていようが、そこを出発点にすればいい

川内:木ノ戸さんの著書『まともがゆれる: 常識をやめるスウィングの実験』の中でも触れられていましたが、「なかったことにすること=差別していないこと」になってしまうのは、すごく恐ろしいことだなと。自分の中に本当はあるのに、それを表面に出さなければ存在しないことになる。言葉にしなかったり、言葉尻を変えたりすればなかったことになる。そうなると言葉だけが上滑りしていく社会になってしまいます。

口に出さないことによって偏見がなくなるわけではないですよね。むしろその逆かもしれない。もっともっと話した方がいいのかもしれない。何が正解かは私にも分からないけれど、本を書きながら少なくとも自分ができることって何だろうと考えていて。差別的なことを気付かぬ間に言ってしまっているかもしれないし、そういう気持ちを持っているかもしれない。私にできることはそれを書いて、出していくことだと思いました。

木ノ戸:本を読みながら、正直、何回も泣いてしまいました。最初は白鳥さんとアート鑑賞をすることからスタートしたけれど、だんだん何のノンフィクションなのか分からなくなって。白鳥さんのことなのか、アート鑑賞のことなのか、あるいは川内さんのことなのか。ノンフィクションは何かに対象を絞ってそれについて書くという、それこそ“思い込み”が僕の中にもあったのですが、それがだんだん裏切られていくというか、それにまず驚いたんですね。だからこれは、川内さん自身の心の移ろいのノンフィクションだと思っていて。その向き合い方の苦しみや誠実さに胸を打たれることが多々ありました。

完璧に正直な言葉を発することは難しいと思うのですが、川内さんの言葉には嘘がない。それって自分のあかん部分、だめな部分を認めるということなので、川内さんがそういう過程をたどっているということに、すごく胸を打たれました。間違っていても、偏見の塊だとしても、そこを出発点にしない限りは変わっていけないし、みんな今の自分をだめやと思いがちというかね。今の自分が間違っていようが、偏見の塊であろうが、そこを出発点にしていければいいんです。というか、そこにしか出発点はない。そういうメッセージがこの本には込められている気がします。

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川内有緒(かわうち・ありお)さん
ノンフィクション作家。1972年東京都生まれ。 映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。 行き当たりばったりに渡米したあと、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。 『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で、新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』(以上幻冬舎文庫)、『晴れたら空に骨まいて』(講談社文庫)、『バウルを探して〈完全版〉』(三輪舎)など。 白鳥建二さんを追ったドキュメンタリー映画『白い鳥』の共同監督。現在は子育てをしながら、執筆や旅を続け、小さなギャラリー「山小屋」(東京・恵比寿)を家族で運営する。趣味は美術鑑賞とD.I.Y。「生まれ変わったら冒険家になりたい」が口癖。

木ノ戸昌幸(きのと・まさゆき)さん
1977年生まれ・愛媛県出身。NPO法人スウィングリジチョー、フリーペーパー『Swinging』編集長、スウィング公共図書館CEO、まち美化戦隊ゴミコロレンジャー。引きこもり支援NPO、演劇、遺跡発掘、福祉施設勤務等の活動・職を経て、2006年、京都・上賀茂にNPO法人スウィングを設立。仕事を「人や社会に働きかけること」と定義し、既存の仕事観、芸術観を揺るがす創造的実践を通して、社会を変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。黄色が好き。でも青も好き。ちなみにホントは赤も好き。単著に『まともがゆれる ―常識をやめる「スウィング」の実験』(2019/朝日出版社)。