「本棚を編集することで、視点や価値観を提示したい」──SPBS企画・PR担当、工藤眞平さんのブックディレクションの心得
書店・雑貨店運営・編集部……。さまざまな顔を併せ持つSPBS。その多様な仕事の中に「ブックディレクション」があります。自身が長く続けられる仕事として“本”の世界を選んだ工藤眞平さんは、現在企画・PRチームのチーフとして、このブックディレクションに携わっています。工藤さんはいつもどのように本を選び、提案しているのか。2つの事例をもとに、ブックディレクション=“本棚の編集”について話を訊きました。──工藤眞平さんの思考の内奥に迫る連続インタビュー後編。
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SPBSの本を選書するブックディレクション
──工藤さんが担当している仕事の一つである、「ブックディレクション」とは?
工藤:大きく2つあり、1つはSPBSの店舗で取り扱う本の選書です。例えば〈SPBS TOYOSU〉では、2020年6月にオープンするにあたり、カフェのメニューを考えたり、ワーキングスペースの料金体系を決めたり、スタッフの採用をするなど、多くの決めごとの中に選書もありました。
──〈SPBS TOYOSU〉の本棚はユニークな造りをしていますよね。
工藤:そうですね。ジャンルごとに棚のつくりが異なる本店と比較すると、豊洲店は棚のつくりが統一されているため、お客さんが立ち止まるポイントが少なく、通り過ぎてしまうのではと危機感を持ちました。そこで、棚の一段一段にテーマをつけてPOPを掲示してみることにしたんです。それに沿って選んだ本を並べてみると、一段一段に目が止まるように感じられたので、これでいこうと決めました。最終的に62個のテーマを挙げて、本を並べました。いまは現場のスタッフがキャッチした情報や興味関心に沿って、ブックディレクションをアップデートしています。
オープン当初の豊洲店の本棚。「物語の創り方」「日常を見直す」「観察の観察」などのキーワードを立てて選書している。
オープン準備期間に豊洲を自分なりに散策して、どのようなライフスタイルを送る人が住んだり働いたりしているのかを見て回りました。それをもとにお客さんが、生活と仕事の両方でヒントを得られることを意識して選書しました。
SPBSの代表・福井が以前「雑誌は情報の集まりじゃなくて価値観だ」と話していたことが心に残っていて。雑誌に限らず、本棚も編集することで「視点や価値観を提示すること」ができるのではと考えています。〈SPBS TOYOSU〉でも、そうした点を感じていただけるとうれしいです。
企業やお店の本棚をつくるブックディレクション
──もうひとつのブックディレクションというのは?
工藤: SPBS以外の企業やお店に置く本を考えることです。例えば2021年に三重県に新しくできた商業リゾート施設〈VISON(ヴィソン)*〉の中にある、体験・体感型施設〈kiond(キオンド)〉のライブラリー。kiondは、家族や子どもたちに遊び場や環境を提供している〈カーゾック〉が運営する新業態の店舗なんです。木と森の体験施設として「木育」をテーマに、木を使って工作したり、森の中を散策したりするアクティビティやワークショップを展開されているのですが、店舗内に設置するライブラリーの選書に携わりました。
*VISONは、三重県多気町にある[癒・食・知]を軸としたさまざまな体験ができる、日本最大級のリゾート施設。
──kiondのライブラリーには、どのような本が置いてあるのですか?
工藤:kiondで体験できることを補完できるよう、「樹木」「草花」「動物」「虫」といったシンプルなキーワードごとに書籍を選びました。「木」というテーマがはっきりしているので、ライブラリーのコンセプトも“体験と知識と結ぶ森の図書室”とし、置いてある本も「木」から連想して直感的に手に取れるようにしています。
──選書するときに、気を付けたことはありますか。
工藤:現地に行って、店頭に立つ人たちと直接コミュニケーションを取りました。今回のようにライブラリーを提案する際の課題は、現場の人がどれだけ興味を持ってくれるかだと考えています。事業の方針を考える経営層だけでなく、毎日現場に立つ人たち自ら手にとりたくなる本棚にすることが、良い空間づくりにつながると思うんです。
kiondのスタッフの方々と会話をする中で、「森を歩くと鳥の鳴き声が聞こえてきて『あの鳥は、なんだろう?』と思ってkiondを訪れると、ライブラリーにはさまざまな鳥に関する本が置いてある。そのように、お客さんが体験したことと本とが結び付くといいですね」という話を聞きました。そうした点をすごく大事にして、選書に反映しました。
──ブックディレクションの依頼を受けるきっかけは?
工藤:もともとSPBSとつながりのある方からのご依頼もあれば、お問い合わせフォームからの新規のご依頼もありさまざまです。また、〈SPBS TOYOSU〉や〈SPBS TORANOMON〉がオープンしたことで企業や人との接点が増え、より幅広い層からお声がけいただくようになりました。
僕は今の状況をすごくポジティブに受け止めていて、SPBSへの期待値が高いことを強く感じています。お店はお客さんに対して、単に紙の束を売ったり、セレクトした商品を並べたりするだけではない。うまく一言で言い表せないですが、店舗があり、編集部もあるSPBSが、さまざまなノウハウをかけ合わせていくことで期待値以上のものを返せるのではないかと考えています。
しかし、いろいろなことをやっている分、SPBSが具体的にどのような会社で、何をしているのかが伝わりにくいところもあるので、事例を増やし、しっかりと発信していくことがいまの課題です。
スクールは、一人で考えてもどうにもできないことを、みんなで考える場
──工藤さんは、店舗や編集部など垣根を超えたチームで仕事をすることも多いと思います。そのときに大切にしていることは何でしょうか。
工藤:チーム内でプロジェクトの目的をはっきりさせること、伝えることは常に意識していますね。ほかにも、店舗が関わる仕事では、SPBSのお客さんとの親和性を大切にしています。
──親和性?
工藤:お客さんにマッチしないことを、しないということ。商談をしていると、SPBSの事業内容に限らず、来店されるお客さんに魅力を感じている方々が多いことが分かります。僕は、SPBSに来る人は本や雑貨が好きなことはもちろん、好奇心が強く、学びになるようなものを求めていると感じているので、店舗と接点があるような仕事であれば、そうしたお客さんにちゃんと届くような内容にすべきだなと。そこは、一番気を付けなければと思っていることです。
──なるほど、大切な視点ですね。工藤さんは日々さまざまな人と接していると思いますが、コミュニケーションを取る中で意識していることはありますか。
工藤:意識していることは、人の話を聞くようにしていることですね。今の業務は仕事をする場所が縛られないので、会える人にはチャンスがあればオンラインでもオフラインでも会いにいくことができる。この人と何か一緒にやりたいと思ったら連絡するなど、できるだけ行動に移すようにしています。
──いろいろなインプットをされている中で、工藤さんが最近、興味や関心を持っていることって何ですか。
工藤:仕事にあんまり関係ないのですが、今クラフトビールにハマっています。香りや苦味などビールそのものを味わう楽しさもありますが、パッケージとかラベルのデザインに個性があって、インディーズの音楽レーベルみたいで面白いんです。まだiTunesも普及していなかった20代の頃は、CDやレコードはお店に行ってPOPやジャケットを見ながら買っていたのですが、そんなノリでビールの専門店に行って“ジャケ買い”しています。例えばこの前、フランスのPOPIHN(ポパン)というメーカーで、真っ暗な夜空に月が浮かんでいる写真がパッケージになったビールを見つけて、かっこよくて思わず買っちゃいましたね。体質的にはお酒に弱いのですが(笑)、そういう楽しみ方をしています。
──クラフトビールのジャケ買い! その視点でビールを見たことがなかったです。
工藤:もうひとつ関心があることは、環境問題や気候変動について。このままいくと、今よりも平均気温が上昇しているであろう2050年に、おそらく僕はまだ生きていると思うんですが、高齢の僕は猛暑の中コンビニに行く途中で倒れてしまうかもしれない(笑)。結局、気候変動の問題を改善することは、将来の自分のためにもなるし、みんなが快適に生活するための土台のような話だなと。
これは政治的・経済的な事情も絡んだ、すごく複雑で難しい問題なので、いろいろな角度から見る必要がある。それは一人で考えてもどうにもできないけれど、SPBS THE SCHOOLの企画や、ワークショップのような形で、考えるきっかけを共有できたらいいなと思っています。
工藤眞平(くどう・しんぺい)さん
1983年生まれ。東京都出身。高校卒業後、専門学生、フリーターを経て立教大学に入学。大学在学中には、オープンしたばかりのSPBS本店で約1年間アルバイトとして勤務。大学卒業後はCCC株式会社に10年間勤務し、ブックフロアマネージャー、店長などを歴任。2019年SPBS入社。+SPBS、SPBS TOYOSUのオープンに携わる。現在は、メディア事業部 企画・PRチームのチーフを担う。