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寒さを吹き飛ばす、癒やしの⾷事をおでん屋で

こちらはSPBS編集部員による雑文連載コーナーです

島根県松江市にある、おでん屋さんに訪れたのは2022年が明けてからすぐだった。少しずつ新しい感染症の対策も緩和されてきたころでもあり、僕はその前の年の瀬から名古屋を⽪切りにそのまま太平洋沿いを三重、和歌山と進んだ後も、⼤阪、岡⼭を過ぎて年始には出雲⼤社を訪れた。

道中、神⼾で宿泊したゲストハウスのオーナーさんが「ぜひ⾏ってみて」と教えてくれたのが、松江駅の近くにあるというおでん屋さん・おでん庄助だった。いいことを聞いたぞ。ありがとう、オーナー。おいしいものを求める旅行はおおいに人を引きつける。しっかりとグーグルマップにピンを刺して、行くのを楽しみにしていた。そして、出雲市駅から各駅停車の電車でゆるりと、すぐ横の宍道湖を見ながら松江駅に到着したのである。

駅前にあるホテルから出て、おでん庄助までの道のりは寒くて震えるくらいだったが、温かいおでんが⾷べられることへの期待はそれを上回っていたと思う。

松江駅北⼝から⻄に向かって歩いていくこと15分。煌々とした駅前の通りを右に左にと曲がって、電灯が少なくなった道を進んでいくと、はっきりと「ここだな」とわかるくらい⼤きな⾚ちょうちんが⾒えてきた。おでん庄助は宍道湖と中海をつなぐ川のそばに建っている。夜間に営業している飲⾷店がないのだろうか、ド派⼿な⾚ちょうちんの明かりが灯台のように⾒える。少しばかり歩き疲れたところに発⾒できたこともあって、ホッとして思わず笑みがこぼれた。

店に⼊ると、⽬の前にはコの字型のカウンター席が広がっている。奥には⼩上がりの座敷があり、宴会中の人たちでにぎわっている。座敷に沿った窓の外は⿊っぽい。……でもよくよく見てみると、すぐそこで川が流れているのを感じとれる。⼊り⼝正⾯のカウンター席に落ち着く。すぐに、とととととっと、上から店員さんが下りてくるのを⾒て、2階にも席があることを知る。カウンター席の先端、行き止まりの部分にはおでん鍋がすっぽり。その⻑⽅形の枠が、どどーん、と備わっている中で、さまざまな具がだしに浸かっている。

それをぐいっとのぞきこめるくらいの位置で、まずは瓶ビールを。いらっしゃいと、声をかけてくれた⼥将さんからメニュー表を受けとり、さて、どうしたものかと悩む。ここから時間をかけすぎるのが僕の悪い癖だが、⼥将さんはゆっくりと具のあんばいを菜箸で確認しながら、ほかの注⽂に対応しつつ気⻑に待ってくれている。メニューも「100円〜」「150円〜」などと、⾦額で分けられているのがうれしい。

具⼀つひとつが⼤きいから少しずつのほうがいいよ、とアドバイスをもらったので、まずは⼤根・さといも・はんぺんを注⽂。⼤⽫に盛られてやってきたそれらは、ぐつぐつしていたあの鍋の中で煮込まれているからか、味がしっかりと染みているのが、その⾵体から⼀⽬瞭然だ。ボリューミーだけど、だしがじゅっじゅっと、具のうまみと食感を通じて、体全体に染みわたっていく。少し火照ったところにビールをあおる。⼼の中でばんざいした。最後のだしまで飲み⼲すと、次の注⽂に。ふーふー、おいしい、おいしい。「もうないかも……」と⾔われた、その⽇最後の⽜すじを⼥将さんが鍋の下から“すくい”出してくれ、ラッキーと思いながらビールをちびりとすする。

ものすごい⾷欲でおでんをほおばっていると、カウンターの向かい側に座っていたおじさんが⽜すじを⼥将さんにお願いしている。⼀瞬ドキリとしたが、「ごめん、おじさん!」と思いながら、横幅の広いとうふをひとかけ⾷べる。

すると、その⼈と⽬が合った。少し気まずいなと思ったのも束の間、「どこから来たのか」と尋ねられた。なんとなく⼼苦しくも東京から来たことを伝える。すかさず、「ぜひ、ここのおでんは⾷べていったほうがいいよ。おいしいでしょう」と、陽気に話してくれた。⼥将さんも笑いながらたしなめている。常連さんなのだろうか、なんだかいい関係が出来上がっているこのおでん屋さんに、より⼀層⼼をつかまれた。それから、タクシー運転⼿をしているというその男性は、はじめて松江を訪れたと話す僕に訪れてみるといいスポットをたくさん教えてくれた。なんだか、そんなささいなやりとりが、⼀⼈でごはんを⾷べにきた旅⾏者にとってはやけにうれしかったのを覚えている。

1⽉が始まったばかりだったけれど、帰り道はまったくもって寒さを感じなかった。ポカポカした気持ちでおなかも満たされ、帰路に着く⾜どりは軽かった。

編集部・SK

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