自然と歴史への感銘。そして今を捉える。
1日のはじまりはロープウェーから
その日は姫路駅や姫路城より北に位置している、書寫山圓教寺にロープウェーで向かうことから始まった。前日に姫路駅に着き、雨がぱらぱらと降ったりやんだりする中、北口から凛としたその姿をのぞかせる白鷺の城まで一直線に進んだ。
今回の旅の目的は「姫路城」と「竹田城跡」である。竹田城跡は兵庫県朝来市にあり、雲海が見られることでも有名な史跡だ。大学時代からの友人とふたりで、数年前の年末に現地集合で旅行を計画した。
書寫山圓教寺に訪れることは、友人の提案だった。私自身は姫路に来るまで知らなかったのだが、映画などのロケ地としてもたびたび使用されているそうだ。
姫路駅からバスに乗り、ふもとにあるロープウェー乗り場に到着すると、それほど待たずに次の便が迎えてくれた。想像していたよりも大きく、ゆうに数十人は乗ることができそうな巨躯である。
眺めている景色から、どんどんと標高が上がっているのがわかった。お寺の人たちはどうやって日々行き来をしているのだろうか、そんなことを考えながら5分ほど乗っていると、降り場に到着した。
山道、そして石段を登って着いたのが圓教寺(おそらく摩尼殿)だが、地図を見ると敷地の中間ほどで、まだまだ奥に道も建造物も続いている様子だ。
私たちは次の竹田城跡へ行く予定もあり、ここで引き返すことに。来た道を戻り、ロープウェーでふもとまで帰ってきた。そうして姫路駅からJR西日本・播但線に乗って、最寄りである竹田駅に着いたのはまだ午後の早い時間帯だった。
川の音が鳴る竹田城下
竹田駅の改札を出る。ややくもり。
まずは宿屋にチェックイン。宿の人に聞いたところ、雲海が見られるかどうかは、当日になってみないとわからない、とのこと。「妙に緊張させてくれるぜ……」とは思ったが、もはや祈るばかりである。
ここまで来ても、まだ雲海が見られるかどうかわからない。自然の中で生きているのだなという思いと、ただただそれを見たいがために自分が行こうとしている、見ようとしているのはただのわがままなのだろうか、と一瞬ためらう。
そして、私にとって一番の難関になると感じたのは、翌日は4時起床である、ということだ。雲海は早い、のである。
宿屋のチェックインを終えると、少し晴れ間も見えてきたので、周辺を散歩することに。
神社や情報館に行ったり、「初代城主 太田垣光景」と書かれた石塔を見たり、ゆるりぶらりと町をめぐった。家々の玄関前には水路が走っていて、チロチロチロと耳に優しい音が響く。この音とともに、竹田城周辺は今日も変わらない日常が流れている。とても気持ちがよく、足取りも軽い。
……と思っていると、やんわりと雪が降ってきた。いよいよ明日の雲海が心配になってきたが、宿に戻り、早めの夕食をとり、翌日に備えた。
展望台到着!雲海はいずこに?
朝4時。昨日早くに眠りについた分、わりとすんなり起きられたのは(朝が苦手な)私としては上出来である。それとも、まだ見られるかどうかがわからない雲海への期待なのか、もしかしたらいずれにせよ結果を早く知りたいという急ぐ気持ちからなのか……早い時間の起床に悪いことはない、早起きは三文の徳である(そういうことにしておこう)。
さて、雲海を見るために目指すは城跡……ではない。雲海が現れるのは城跡付近なので、それを見渡せる、さらに高い場所に行く必要がある。竹田駅から見て北西の位置に竹田城跡が、そして南東にあるのが立雲峡だ。立雲峡とは、朝来山の中腹にある一帯を指し、標高が低いところから順に第3・第2・第1の展望台が設置されている。
私たちには車がないので、早朝からタクシーをお願いして立雲峡の入り口まで行き、そこから山を登っていく。朝も早よから30分ほどかけて、頂上に一番近い第1展望台まで、薄暗い中を登っていった。
展望台に到着すると、すでに多くの人たちがいた。今か今かと雲海が出てくるのを待っている、と同時に祈っているようにも見える。私も最前まで行き、撮影を目的としている人たちと同じように三脚を立てた。ファインダーと目の前に広がる山(この時点で竹田城跡を見ているはずなのだが、早朝時には霧が出ていてまったく見えていない)を交互に見つつ、待った。そして祈った、「雲海、来てください!」と。
立雲峡を登っている途中から、天気としては雨は降っておらずくもり、辺りは霧が出ていて、少し肌寒いといった感じだ。まあ、12月なので寒いのは当然といえばそうなのだが。
第1展望台についてからも霧なのか、もやなのか、とにかく水分多めの湿っぽさが周辺を覆っている。見下ろした先は真っ白、その中から山の膨らみが頭ひとつ飛び出している。すでに真っ白になっているので、雲海が広がっていると言えるのだろうか。だとすると、思っていた感じ、以前に画像で見ていた様子とは異なる。このまま霧やもやがある中、白い状態でおしまいなのだろうか。
そうして展望台に着いて1時間ほど待っていると、少し風が吹いてきた。すると、雲の下の様子が見え始めてきた。そのとき初めて、自分たちがある程度高い位置まで登ってきており、見渡すと竹田城跡や町が広がっていることを感じ、小さく「おお、」と声が漏れ出た。
展望台にいるときはさほど感じなかったが、雲海の辺りは風が強いようで、踊るように白い塊が揺れ動いている。まるで龍だ、と思ったのは私だけではないはず。
数分前に真っ白に覆われていた眼前がうそのように、まさに程よい雲の海が竹田城跡を取り囲むようにうねっている。
展望台にいる観客全員が城跡を視認できたころには、日が高く昇り、明るいオレンジ色が一段高い雲間から地上を照らしていた。
周囲に雲は泳ぎつつも竹田城跡は凛々しくこちらにその姿を見せてくれている。私自身はファインダーをのぞきシャッターを押すのと、今目の前に広がっている光景を直接眺めるのとで忙しなかったが、見られるかどうか不透明だった雲海に立ち会えたことに心も体も震えていた。
***
朝7時だったか、8時だっただろうか、その時間になると踊っていた雲は完全にいなくなり、はっきりと城跡と山々、住宅地を見ることができた。その後は立雲峡から下山し、そのまま反対側の竹田城跡がある山を登り始めた。
山道を歩いていくにつれ、少しずつ視界が開けてきた。先ほどの立雲峡とはまた違って、山に囲まれながら田畑と家が並ぶのどかな景色が広がる。この日はとても天気がよかったことも、雲海を見られたこともプラスして、高揚した。
山の一番上まで来ると、石垣が多少残っているだけだとわかる。どのような城が建っていたのか、皆目見当がつかない。この場所も先ほどまで雲に覆われていたのだと、ふと思った。かつて城主たちが城下町を眺めたように、私たちは今ある(これまで連綿と続いてきた)自然と史跡をこうして目に収め、感じとることができている。そうしたことがとてもぜいたくであると、旅を振り返る今も強く、心に刻まれている。
編集部・SK