虎に翼を、私に言葉を。「自分を曲げない」ということ。
(ネタバレが含まれますので未視聴の方はご注意ください)
NHK朝ドラ『虎に翼』に毎週毎朝、心を動かされている。
朝ドラに限らず、ドラマを観ながら、こんなに激しく感情が揺さぶられるのは初めてだ。
個人的には『カムカムエヴリバディ』以来の朝ドラ。『虎に翼』も『カムカムエヴリバディ』と同じく、戦前から物語が始まる。
伊藤沙莉さん演じる主人公の猪爪寅子(いのつめ・ともこ)のモデルは、日本で女性として初めて弁護士になった、三淵嘉子(みぶち・よしこ)さん。
昭和初期はまだまだ、女は“家庭に入る”が当たり前の時代。女学校で優秀な成績を収めていた寅子もまた、卒業後は結婚しなさいという(主に母親の)圧の中で、そんな風潮に納得できない思いを抱えていた。
……って、いやいや、そんなことある!?
朝ドラのヒロインって、疑問を持たずになんだかんだ結婚して、夫の三歩後ろで慎ましく、「それでも私は幸福です」みたいな顔をするのが普通なのでは……と思い込んでいたのはさすがに私の偏見だったが(近年はそうではないヒロインもいたらしい)、実際『虎に翼』でも、寅子の母・はるは学校に通うことが許されず、結婚後は猪爪家に“入り”、家政に徹している。寅子の女学校からの友人・花江(はなえ)も、寅子の兄と結婚。たった100年前は、この世に生を受けた瞬間の二択が違っただけで、一方は手に職をつけることすら当たり前ではなかった。
そんな時代の中、“殿方と対等に話がしたい”寅子のお見合いはうまくいくはずがなく、書生として猪爪家に身を寄せていた法学生の優三(ゆうぞう)をきっかけに、法の道を突き進んでいく。
寅子の大学入学時には、まだ女性は弁護士資格を得ることができなかったが、法改正が行われ、高等試験(今で言う司法試験)を突破し、晴れて日本初の弁護士に……と、ここまでの展開で放送開始からわずか一カ月。しかもその間には、銀行に勤めていた父が贈賄疑惑で逮捕されたり、高等試験の最初の挑戦では合格できなかったり、一緒に勉強していた留学生が帰国せざるを得なくなったりと、波乱が次々に寅子を襲っているのにもかかわらず、である。
戦争と隣り合わせの時代、日本初の女性弁護士に降りかかった困難はまだまだこれからが本番なのだと、第七週が終わった今、思い知らされている。
生理は神の作った大きすぎるバグである
第七週までで一番怒りに震えたのは、寅子たち女子大生を“魔女部”と揶揄してきた男子学生でも、父の事件の真実を追い求める寅子を襲った輩でもなく、2回目に受験した高等試験の二次試験、口頭試験に挑むまさにその前日に生理が始まったシーンだ。
寅子は4日間も寝込んでしまうほど、生理痛が酷い。よく効く鎮痛剤も、調整できるピルも、質の良いナプキンもない。それなのに、連日勉強に根をつめていたせいか、いつもより6日も早く生理が始まってしまう。口述試験のシーンは描かれないが、帰宅後の様子を見ると、生理のせいで自分らしさを出せなかったことが察せられる(法の勉強や試験の内容がどのようなものなのか、あまり具体的に提示されなかったのが学生パートで少し物足りなかったところではある)。
生理は自分にとって、「女の体」であることを冷たく突きつけてくる象徴だ。おそらく寅子にとっても。なぜ今、今日に限って生理が始まるのかという絶望、女に生まれただけでついてきた、生理痛という余計なオプションに対する怒りを、今日に至るまで多くの女性が身をもって体験してきただろう。
結果的に口述試験は突破したのだが、逆に万全の体調ではなかったゆえに、いつもの気丈な性格を出せず、しおらしい話し方が男性試験官の好感を得たのかもしれないと考えるとまた、悔しい気持ちが沸々と湧き上がってくる。
さあ試験に挑むぞと立ち上がった寅子の顔が「なんで……」と曇った瞬間の、あの絶望……。
メタ的には朝ドラで生理が取り上げられただけではなく、その困難がしっかりと描かれた感動もあったのだが、今思い出しても本当にゾッとする場面である。
好きです、よねさん
書生も抱えられる立派な家があり、父は銀行に勤めていて、女である自分を大学にも通わせてくれる(母の説得には苦労したが)と、なかなかに恵まれた環境で育った寅子だが、反対に厳しい状況の中で法の道を志した仲間が、土居志央梨さん演じる山田よねだ。
オスカルも絶倒する男装(今はわざわざ“男装”という言葉を使わずとも通じるパンツスタイル)の麗人・よねは、田舎で生まれ、売り飛ばされる寸前のところを脱して上京。上野のいかがわしいカフェでボーイとして住み込みで働きながら勉強している。寅子以上に強気な性格で、言葉遣いも態度も勇ましいが、ぶっきらぼうに生理痛に効くツボを寅子に教えた、なんとも魅力溢れるキャラクターだ。
よねは寅子と共に挑んだ高等試験の口述試験で、男性の面接官に「そのトンチキな格好はいつ辞めるのか」と問われ逆上。試験に落ちてしまう。
後日、寅子のもとを訪れたよねは、「私は自分を曲げない。曲げずにいつか合格してみせる」と宣言した。
女性が自由にパンツスタイルや短髪を選べるようになったのは、本当に最近のことなのだ。それも、よねのように男性に咎められた多くの女性たちが、よねのように自分を曲げずに道を作ってくれたおかげなのだ。
よねの決意を見て思い出したのは、「#わきまえない女」ムーブメントだ。
2021年、森喜朗の女性蔑視発言に対して、このハッシュタグを掲げて多くの女性たちが声を上げた。私自身も「わきまえない女」でいたいと強く決意した一人だ。
男性優位社会で男の格好をし、わきまえずに振る舞った一人の女性。第七週の放送で2回目の口述試験にも落ちたことがわかったが、どうかこのまま、「わきまえない女」のままで、法曹界で活躍する日が来ることを祈っている。
恋といえば……
改めて、#わきまえない女たち
恥ずかしながら、今回このnoteを書いて初めて知ったが、「虎に翼」というのは古の中国の法家・韓非が書いた『韓非子』に出てくる言葉で、「鬼に金棒」と同じく、もともと威勢のよい者に、さらに強い力が添えられることのたとえらしい。
ある日、朝ドラを観終えたときふと、テレビの横の本棚の、『私たちにはことばが必要だ』(イ・ミンギョン 著/すんみ・小山内園子 訳/タバブックス/2018年)の背表紙が目に飛び込んできた。
ソウル・江南で起こった女性刺殺事件をきっかけに(きっかけはこれだけではないが)フェミニズムムーブメントが一気に広がった韓国で書かれたこの本は、女性たちに声を上げるための示唆をもたらしてくれる一冊だ。
寅子が手にしたのは社会を司る法の知識だけでなく、法律という“言葉”だったのではないだろうか。もともと弁の立つ女の子だったが、結婚して家庭に入ること、夫を支えることこそが女性の幸せ、という世の中に一人で立ち向かうための言葉を、寅子は身につけたのではないだろうか。
第七週で寅子は“弁護士として一人前になるために”優三さんとの結婚を選択したが、数年前に話題になった某CMの「結婚しなくても幸せになれる時代」とはよく言ったもので、100年前には存在し得なかった、いまの私たちが手にしているたくさんの選択肢を開拓してくれた女性たちがいた。そんな当たり前のことを改めて、寅子の背中が見せてくれているのだと思う。
寅子自身、道半ばで諦めた女性たちをたくさん見てきた。華族として入学時から注目されていた涼子(りょうこ)は、高等試験の直前に父親が若い女と駆け落ちし、家を守ることを選ばざるを得なかった。いつもおいしいおにぎりを振る舞い、主婦でありながら勉強に励んでいた梅子(うめこ)も、高等試験の日に旦那に離婚届を突きつけられた。留学生の崔香淑(チェ・ヒャンスク/さい・こうしゅく)は兄が特高に目をつけられ、帰国せざるを得なかった。
時代は変われど、女だから、試験に落とされたり、女だから、そもそも学問の道に進めなかったり、『虎に翼』の時代に起こっていたことは、決してなくなったわけではない。東京医科大学の医学部入試での女性差別が明るみになったのはほんの3年前のことだし、『虎に翼』を見た女性たちがSNSで「男兄弟はよかったのに、大学進学を許されなかった」「県内の大学しか選択できなかった」などと書いているのを見ると、ドラマの世界と今なお地続きであることを思い知らされる。女性でも当たり前に働けるようになったけれど、女性差別はまだまだ蔓延っている。
令和の私たちも言葉を力に、知識を翼にして、次の世代の女性たちのためにできることがあるはずだ。自分を曲げない。声を上げることを諦めない。そして、はるや花江のように、選択肢がなかった人たち、涼子や梅子、香淑のように、諦めざるを得なかった人たちのことを決して見捨てない。
女性たちよ、連帯せよ。『虎に翼』は、毎朝そんなふうにエンパワーしてくれている。
編集部み