いつも心に中村慎森
先日、29歳の誕生日を迎えた。
誕生日や新年が訪れるたびに聞かれる質問の中で、いつも答えに窮するものがある。それが「抱負」だ。誕生日なら生まれた日、新年なら元日、それぞれのタイミングで、「29歳の抱負はありますか?」「今年の抱負はありますか?」など、その年の決意や計画を表明することが迫られる。そして、誕生日や新年を機に何か新しい気持ちを持つという前提が、29年生きてきた今でもなかなか受け入れられずにいる。
日付を記号だと思っているため、年齢や元号が変化しても「数字が増えた」くらいにしか感じられない。日付に対してそんな解像度しか持てない自分の気持ちや意志が、数字が一つ増えたタイミングで、スイッチが切り替わるように新たに立ち上がることは難しい。
特定の日付に意味を感じることもあまりなく、むしろ日付には、時間の延長線上でそれらが連続していることや地続きであることに意味を感じている。元日に考えたことは、12月31日、30日、29日……と、過去のさまざまな影響や環境からも少なからず受けているはずだ。そして、その日々の連続の中にあるグラデーション的な意識の移り変わりこそが、特定の日付で表明される抱負よりも、その人のことを知ろうと試みる上では大切な要素になると思う。
抱負は特定の日付を迎える際に考えるべきものなのか、あるいはその日付を締め切りとして、前もって抱負を考えなければならないものなのか、今でも疑問がある。抱負を聞かれた際、本当は「誕生日に抱負っていります?」と言いたいが、聞かれるたびに「やっぱり必要とされているのか」というがっかり感にやられてしまい、適当にはぐらかしてしまう。
そんな時、2021年に放送されたテレビドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』に登場する中村慎森(岡田将生)という登場人物のことを、最近ふと思い出す。主人公の大豆田とわ子(松たか子)が勤める会社の顧問弁護士で、とわ子の3番目の元夫だ。「慎森」と書いて「しんしん」と読む(パンダみたい)。名前の字面だけで人柄を想像すると、落ち着いていて物腰がやわらかそうに感じられるが、作中序盤の慎森は「慎んだ森」という名前のイメージに似つかわしくない性格だった。
第1話で慎森が初めて登場するシーン。とわ子の会社での会議直前の様子が描かれており、とある社員のなんてことない一言から会話が始まる。
一瞬にして会議室が凍りつき、何とかしてとわ子が雰囲気を切り替えようとするところで場面が切り替わる。
文字起こしでは慎森の人柄がいまいちピンとこないと思うので、もう一つ、とわ子と慎森が会話をしている別のシーンの動画を紹介する。口調や話すスピードなど、先ほどの会議室での会話を想像する上で参考にしてみてほしい。
一見すると、慎森は癖が強くて関わりづらそうだが、悪態をついているようにはあまり感じられない。性格が悪いのではなく、どちらかと言えば純粋さが際立っていて、自分が感じた違和感を見逃していないだけという印象を受けた。
個人的に魅力を感じたポイントは、応答の速度だ。迷いがない。違和感に向き合い続けてきた時間の蓄積から構築された、屈強な論理の砦がある人にしか出せない反射神経。慎森の意見に共感するかしないかはまた別の話として、社会性に流され過ぎることなく、自分の意見や感想をしっかりと手元で磨いてきた人だと感じた(ちなみに、慎森のこの性格は、作品を通して徐々に変化していく)。
「それいらなくない?」みたいな風習や定型は身の回りに山ほどあるが、その不要さ、意味の見いだせなさなど、自分が考えていることを素直に伝えられない時、慎森のことがうらやましくなる。慎森の口調や話し方までをまねしたいわけではないが、「誕生日に抱負っていります?」と、いつか本音が言えるようになる日まで、私をエンパワーメントしてほしい。
編集部O