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歌は世につれ、世は歌につれ〜ビッグデータで過去の紅白歌合戦の歌詞の変化を見ると〜

こちらはSPBS編集部員による雑文連載コーナーです

編集者にもいろいろなタイプがあるが、私はどちらかというと、ファクトとエモーションの両極をつなぐような編集が好きなタチである。

先般当社のスクールで開催した編集のレッスンというワークショップでメインナビゲーターを務められた水島七恵さんは、編集のことを「要素と要素のあいだをつなぐ技術」と表現し、「情緒と論理」のような極と極へ視点を大きく揺らしながら文脈を見出す行為だとお話しされていて、まさに私もそれが好き! と膝を打った。

今回は年末らしく「紅白歌合戦」をネタに、ゴリゴリのファクトとエモーショナルな空気の変化ついて考えてみたいと思う。


若い人たちの間で昭和レトロが流行っているという。クリームソーダやレンズ付きフィルムカメラ、純喫茶、レコード、インテリアに、歌謡曲。インスタグラムには昭和を知らない世代の昭和レトロな写真が数多投稿され、昭和歌謡についてはサークル活動などで、改めてその時代のウェルメイドな歌詞と曲を味わって楽しんでいるそうだ。

我が家でも、最近昭和歌謡をよく聞いている。聞くようになってから、日本のヒット曲の歌詞の変化が気になり始めた。

「日本のレトロな喫茶店のテーブルに、クリームソーダ(足付きの長めの広口のグラスに、緑色のサイダーが入っていて、上にドーム型のバニラアイスとチェリーが1つ乗っている)」という指示で生成AIに描いてもらった絵。コレジャナイ感が面白くてそのまま掲載

ひとつは、「自分」と「相手」の呼び方の変化。昭和の(とざっくり括ってしまうが)ヒット曲の中に出てくる一人称は「」「」、二人称は「あなた」「お前」が多かったように思う。平成の(とこれもざっくり括ってしまうが)ヒット曲では、一人称が「わたし」「ボク」に、二人称「キミ」になってきた。昭和から平成にかけてさまざまな職業の呼称も変わった。「看護婦」が「看護師」に、「スチュワーデス」が「フライトアテンダント」になったように、歌の世界の中でも言葉がジェンダーレスにシフトしているのが興味深い。

また、昭和のアイドル全盛期と令和の時代では、歌の半径というか、歌詞の描く距離感覚が変わってきたように思う。例えば80年代を席巻した松田聖子時代のアイドルソングには、白いビーチやサンゴ礁、高原のテラスにセイシェル島など、日常生活とは遠く離れたリゾート感があふれていて、果ては地球が瑠璃色だと俯瞰したりもしていたし、夜行列車やミッドナイトフライト、車の中から流れる街の景色などのドライブ感が広がっていた。私は最近のヒット曲にあまり詳しくないが、年末に『紅白歌合戦』の歌詞を意識しながらみている限り、最近の歌でそこまで「日常からの物理的な距離」を感じさせる歌詞は、あまり多くないように思う。

少し前になるが、2015年にNHKの番組「データなび」で、過去65年間の紅白歌合戦で歌われた全楽曲のデータを基に、各年代ごとの「あの時代っぽい“平均曲”」を生成し、「紅白 The 平均ソング」として公開した回があった。確かにその時代にホットだった言葉やリズムやメロディで生成すると、その時代っぽい曲になるのが面白かったのだが、私はその素材となるランキングデータに釘付けになり、急いでスマホカメラでスクショした。

番組内では、歌詞にまつわるさまざまな分析が行われていたが、その中の一つとして、1950年代から2010年代まで10年刻みで、歌詞に登場する頻出ワードベスト5が列挙されていた。そうそう、この変化をファクトとしても知りたかった!

ランキングは以下の通り。

各年代の紅白歌合戦で歌われた曲の歌詞に出てくる頻出単語ランキング。NHK「データなび」番組内のパネルより作成

1950年代から1990年代まで続いていた夜っぽい空気(「月」「灯」「夜」「涙」)が、2000年以降は日の光がさしているような明るい空気(「空」「風」「未来」「明日」)に変わっている。若い人がお酒を飲む量が減ったことや、車に乗らない人が増えて夜のドライブが減ったことなども、影響しているのかもしれない。

また、時代が進むにつれ、ジェンダーに関わる単語(「娘」「女」「男」)が消えて、2000年代以降は「恋」も「愛」も「涙」もなくなった。代わりに台頭してきたのが、「今」「空」「未来」「信じる」「自分」。抽象概念よりも、「自分ごと」が増えた背景として考えられるのは、一つには歌詞を職業作詞家ではなく、自分で書く人が増えたことだ。それによって、若い歌手が等身大に綴るリアルな言葉が増えたのではないかと思う。もう一つは、この時代に起こった出来事の影響だ。2010年代は大規模な自然災害などが相次いだことで、「未来」を「信じ」、「自分」を「信じ」て、「手」を携えて生きていこう、と歌わずにはいられない時代だったのではないだろうか。

「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉がある。ヒット曲の歌詞の変遷をみると、確かに歌詞が時代を写しているなと思う面と、歌詞が時代を作ろうとしているな、と思う面がある。特に2000年代以降は、閉塞感を破っていきたい、未来に希望をつないでいきたいという空気を、多くの歌い手・作り手たちが、歌に込めて伝えとしているようにも感じられる。

この番組が放送されてから8年。その間に、何度かのオリンピックやワールドカップが行われ、全世界にコロナが広がり、戦争が繰り返され、そしてうちの猫は虹の橋を渡った。2020年代は、どんな歌詞が歌われていくのだろう。願わくばそれが、「愛」のあふれる「夢」の「未来」でありますようにと「心」から「信じ」て、「空」を見上げたい。

編集部 K

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