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「どの現場にいても、自分の存在を肯定できる仕事」──編集者・水島七恵さんに訊く、編集の可能性と扱い方 後編

先の見えないいまの時代こそ、応用可能な「編集的思考」を学ぶ価値がある。そのような考えのもと、SPBS THE SCHOOLはケーススタディ形式の連続講座「編集のレッスン<第2期>」を開講します。この講座は、紙媒体から空間キュレーションなど幅広いジャンルの仕事を手掛ける編集者・水島七恵さんをナビゲーターに迎えました。
インタビュー後編では、講師の水島さんに、編集者に求められる能力、編集的思考の活かし方と可能性についてお聞きしました。編集者だけでなく、あらゆる人にとって活用できる「編集」という道具の使い方に触れていきます。

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自分との接点を見出す力を身につける

──「編集のレッスン」のナビゲーターを依頼された時、どんな心境でしたか?

水島さん:SPBSさんへの信頼があったのでうれしかったですし、光栄でした。私にとって、渋谷の雑踏を抜けて奥渋谷まで歩き、夜にふっとSPBS本店で自分の時間を過ごすのが日常の中の句読点でした。それに、SPBSさんは会社として「本と編集の総合企業」と謳っていらっしゃいます。企業の態度として「編集」を表現していらっしゃるから、そこに対して自分が力になれるならやりたい。純粋にそんな気持ちでした。

──水島さんがお声掛けしたゲスト講師陣も非常に魅力的です。編集者ではない生業の方ばかりですが、「編集的思考を学ぶ」という講座の趣旨はスムーズに理解をしていただけましたか?

水島さん:ゲストのみなさん、それぞれ一見すると編集からは遠い距離にいらっしゃるので、おそらく講座の内容についても戸惑われた方もいらっしゃったと思います。ですが、私の依頼趣旨を受け取って快諾してくださったので、この時点で私からするともうじゅうぶんに編集的思考をお持ちなんですよね。まさにこれが先ほどお話した編集者に欠かせない「物事を抽象化する技術」。抽象化することで狭義の意味の編集ではなく、より広義的に編集をとらえてくださったことで、ご自身の中の共通項目をどこかで見出してくださったのではないかと思います。ゲストの方々が無意識にやっている行為がいかに編集的であるかを、講座を通じて私なりに発見していきたいと思っています。

──それぞれのゲストで異なる編集の考え方にも触れられそうです。

水島さん:私は、遠いものと遠いものをつないだり、一見すると相反するものの共通点を見出すことに好奇心や喜びを感じます。ゲストは衣服のデザイナー、食を主体に活動する人、JAXAの研究者、作曲家、映像作家とバラバラですが、講座を通じて、彼らの深い部分で水脈がつながっていることが見えると、世界はすごく豊かで奥行きのあるものになる。そういった接点を見出すのも編集力なので、受講生が講座を通じてどんな風に自分との接点、世界の接点を見出していただけるかが楽しみです。

──水島さん自身も、講座を通じて新しい編集の定義や意義を見つけるかもしれないですね。

水島さん:そうですね。実は、準備の時点でそんな発見が生まれています。映像作家の中村佑子さんとの打合せで「編集はケアという側面があるよね」という話をしてくださったんです。

──編集がケア、ですか?

水島さん:たとえば取材では、編集者や執筆する人は五感をフルに使って受け取ろうとしています。取材対象者が発した言葉を肯定し、話し切れてない想いや背景、全てを感じ取ろうとする時点でそれはケアにつながっているのではないかと、そんな話になって。編集者自身が「これはケアだ」と言うとひどくおこがましいけれど、中村さんの言葉で編集者の仕事の奥行きに気付かされました。

人生の跳躍をもたらしたのは、編集という道具があったから

JAXAに、日本の科学技術に、もっとデザインを。というマインドでJAXA’sを編集しているところもあり、JAXA’s 92号ではプロダクトデザイナー深澤直人さんにインタビューしました。写真は取材後の深澤さんと。
写真:山本康平

──編集的思考は仕事に限らず日常にも使えますが、水島さんが生活で編集的思考を活かしている場面はありますか?

水島さん:なんだろう……。自分の編集的なスイッチが入ると、どこでも自分と物事や事象の接点が見つかる。そういうアンテナですかね。世の中にあるものに面白くないことなんか何一つない。日常をワクワクさせるためのスイッチングになっていますね。

──多方面に好奇心が働くんですね。

水島さん:あと、私に限らず編集者は、聞く力と相手を受容する力が仕事のなかで養われているところがあるので、その力が人との関係の豊かさにつながっていると思います。

──なるほど。いろいろな場面で作用しますね。

水島さん:ただ、自分はどういう仕事が向いているのか、どんな編集者になりたいのかと考える受講生は多いと思いますが、それは全然気にしなくていい。なぜなら「自分らしさ」は対処の仕方に出るだけだから。目の前にあるものに反応して、応答するプロセスやアウトプットにその人らしさは宿っているから自分らしさなんて意識しなくていいと思うんです。

──自分のセンスや個性に自信がないから編集者にはなれない、と思う必要はない。

水島さん:全く関係ないです。どの仕事にも通じますが、自分らしさに矢印を向けるより、周りに自分の好奇心や意識の矢印を向ける方が大事。仕事を続けていると周りの人が自分自身も気づいていなかった側面を見てくれていて、「水島さんはできるんじゃないかと思って」と想像もしなかった仕事を依頼してくれることもあります。できるだけニュートラルでいる方が道は開けていくんじゃないかな。

Zoomインタビューの様子


──最後に、水島さんがこの講座を通じて出会いたい人、受講者に対する思いをお聞かせください。

水島さん:私の編集者への道は、音楽が好きで音楽に携わる雑誌を作りたいから始まっているのに、いまや種子島宇宙センターでロケットの打ち上げを涙ながらに取材するというところまで行きつきました。そういう人生の跳躍は「編集」という技術や道具を使ったから生まれたと思います。受講者の皆さんもそれぐらい予期しない人生の跳躍や飛躍が起こり得る。そういう変化を面白がれるような受講生が集ってくれたら楽しいですよね。

──編集という力が、思わぬところへ連れて行ってくれるかもしれないですね。

水島さん:だからこそ、職業のジャンルは問わないです。編集者の人も、全然違う職業の人も参加してほしい。その経験から、こんな仕事できちゃうの?と、好奇心で乗り越えていけるような柔らかなマインドを持つ人たちに出会いたいし、そういう人に向いている講座ではないかなと思います。

──ありがとうございます。編集的思考から生まれる変化と良い連鎖。仕事に留まらず、世の中をより面白がれるきっかけになりそうです。

水島さん:そうですね。どんなアウェイに感じられる場所も自分らしく立っていられるようになります。そんな面白さと強さが、編集者という肩書・編集的思考にはあるんではないでしょうか。どこの現場にいても、そこに自分が存在する意味を肯定できる力のある仕事だと思います。

水島七恵(みずしま・ななえ)さん/編集者
ディー・ディー・ウェーブ株式会社に入社後、ヴィジュアルマガジン『+81(PLUS EIGHTY ONE)』編集・執筆、音楽とデザインのマガジン『AM:ZERO』の企画・編集・執筆を担当。2009年フリーランスに。 編集とは要素と要素のあいだをつなぐ技術と捉え、領域や媒体を問わず実践する。近年の主な仕事に機関紙『JAXA’s』、フリー冊子『tempo』など。
http://mninm.com/


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