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【SPBS奥渋谷界隈探訪】#01 CHEESE STAND 「チーズをもっと身近に」と、奥渋谷で毎朝生まれるとびきりフレッシュなチーズの秘密

いまはよく知られるようになった「奥渋谷」のエリア名。実はSPBSが「奥渋谷」に本店を構えた2008年当初は、そのような呼称はありませんでした。
ありがたいことに、いまでは雑誌やテレビやウェブメディアで「奥渋谷」をご紹介いただくことがたくさんあります。それぞれすてきなお店やサービスなどが紹介されていますが、そこに根を張って商売をしている者からすると、「奥渋谷の魅力は、そんなもんじゃない」。そこで生業を行う「人」こそが魅力の源泉。そんな魅力を、奥渋谷の中の人の目線でお伝えできればと、SPBSでは不定期に取材記事をつくっていました。

今回はその中から、今年創業10周年を迎えてますます深化が進むCHEESE STANDさんの記事を、noteでも全文ご紹介します。トップの写真で太陽のような笑顔を見せてくれた千鶴さんが永眠されたのは、2020年6月のことでした。千鶴さんの三回忌に寄せて、一人でも多くの方に、CHEESE STANDさんと、それを作ってきた藤川さんご夫妻と、奥渋谷の魅力が伝わればうれしいです。

※本記事は2018年8月28日にSPBS公式ホームページに掲載した記事の転載です。
※掲載内容は上記の日時時点のものです。


なぜ渋谷でチーズ?

──「作りたてのチーズ」というと、北海道のような酪農がさかんな所をイメージしますが、CHEESE STANDさんはなぜ、この奥渋谷で始められたんですか?

藤川真至(以下藤川):お世辞とかなんでもなくて、SPBSさんがあったということが大きいです。

── それは……!? すごくうれしいです。

CHEESE STANDウェブサイトより。モチモチのフレッシュチーズがつくられる様子


藤川:色々と物件を探している中で、「外国の方が多いこと」と、チーズを日常に取り入れてほしかったので「住んでいる人も多いこと」、それからランチも出したいので「オフィスがあるところ」という、3つが重なるところを探して、このエリアがいいと思ったんです。ビジネス視点でいうとそういう思いがあったのと、SPBSさんとか、アヒルストアさんとか、MEMEMEさん(当時)とか、尖ったおもしろいお店がちょこちょこあって、ライフスタイルを大事にする場所だという印象がありました。

あと、「オープンハーベスト」という食のイベントがあったじゃないですか、神山町で。だから、ここでやりたいなと思いました。僕らもやっぱり「食」を大切にしているので。そういう土壌がある土地なんだなと思ったんです。

──なるほど。「オープンハーベスト」では、フードディレクターの野村友里さんが中心となって、シェ・パニースのシェフの方たちが、うちの本屋の前で屋台を出したりしていましたね。ショートノーティスだったのに、フタを開けてみたらものすごい人が来たのが印象的でした。

藤川:ちょうど、ツイッターとかでどんどん情報が拡散され始めた時期でしたよね。

── そうですね。それと、そのころちょうどうちの店で、ライフネット生命保険創業者の岩瀬大輔さんの「起業塾」を開催して、その時に藤川さん、受講してくださいましたよね。

藤川:そうです、参加させていただきました。もうこの辺でお店を出すと決めて、何度もこのあたりに通ってた時期だったんです。セミナーはすごく勉強になりました。そのおかげで岩瀬さんとも色々ご一緒させていただいたし、その時の同期と今でも連絡を取り合っています。

──千鶴さんはソムリエでもいらっしゃいますけど、最初からSHIBUYA CHEESE STANDでお手伝いを?

藤川千鶴(以下千鶴):いえ、私は最初別のレストランで働いていて、もちろん応援はしてましたが、こちらに加わったのは、もう少し後なんですよ。お店をやっていく中で、できたてのチーズを作ることだけじゃなくて、チーズをどのように楽しんでいただくか、というところを広げたいとなったときに、ワインの資格も持ってましたし、ずっとイタリアンレストランで働いていたので、それを生かしたイベントのお手伝いから始めたんです。


できたてのおいしさにこだわって

──起業するときのビジネスプランって、最初に書いたものから、実際にやっていく中で変わってくるものですよね。藤川さんの場合、どうでしたか?

藤川:大幅に変わったところでいうと、最初はスープストックさんみたいな、チーズをメインにした、サンドウィッチやピザがある店を、駅の中とか、商業施設にどんどん出していこう、というようなプランだったんです。

それが、実際にチーズを作っていくうちに、もっと美味しいチーズをつくる方が優先というか……。あんまり美味しくないまま増やしていくのが、僕的には許せなかったので。

CHEESE STANDウェブサイトより。毎朝つくられるフレッシュなチーズが楽しめる。土日は行列することも


── 薄まってしまわないように。

藤川:そうですね。まずは1店舗目のチーズづくりを大切にしようと。なので、まだ全然展開ができてない。

千鶴:最初はオンラインショップも考えてなかったもんね。

藤川:そうだね。やらない、と決めていました。「できたてを食べてもらいたい」っていう、こちらのエゴなんですけど。でも、お客さまからたくさんお問い合わせをいただいて、最近はオンラインストアもやっています。

千鶴:まさに、2店目の「& CHEESE STAND」も、最初は全然そんな構想もなかったですけど、いろんなシェフの方にうちのチーズを使っていただくうちに、チーズって野菜と一緒で、あくまでも素材なんだな、というのがわかってきたんです。「チーズと人」「チーズと野菜」「チーズとハチミツ」みたいに、チーズと何か魅力的な商品が「アンド(&)」でつながることによって、ますます自分たちのチーズを美味しくしてもらえる。それで「& CHEESE STAND」ができました。


本当のフレッシュチーズって、こういうもの

──ところで、基本的な質問ですみません。フランスのチーズとイタリアのチーズって違うんですか?

千鶴:はい、総じていうと、フランスのチーズは、食事の最後、締めというところですね。“いわゆるフランス料理”という文化の中には、お料理の中にチーズを使うことは、そんなに多くないんですよ。チーズはチーズとして完成品なんです。

対してイタリアのチーズは、お料理の中にあって、イタリアンのフルコースを食べた後に食後のチーズ、っていうのは出てこない。チーズは必ず何かと合わせて食べる。それがイタリア料理の中のチーズの特徴です。まさに私たちがつくっているモッツァレラとかも、それ単体で食べるよりは、ちょっと形を変えて、何かをプラスして食べることが多いですね。

ウェブサイトより。イタリアのチーズは「食材」。この焼いたカチョカヴァッロは1号店で食べられ


──なるほど、確かに。最初にこちらのチーズを食べた時にまずびっくりしたんですけど、よくある市販のチーズと違って、さっぱりしていて食べても胸焼けしない。いくらでも食べられるんですよね。

藤川:そうなんです、フレッシュなので。本当はできたてが一番美味しんですけど! みずみずしさとか、さっぱりしているのが特徴ですね。

千鶴:うちのお店はよく「チーズ専門店」というようにカテゴライズされることが多いんですけど、そうじゃないと思っています。チーズ専門店というと、いろいろな種類のチーズがあるイメージですよね。でもうちで出しているのは、モッツァレラ、リコッタ、ブッラータ、カチョカヴァッロの4種類だけなんです。

──「本当のフレッシュチーズってこういうものですよ」というのを伝えながら作っているんですね。

藤川:そうですね。食べ方とかも提案しながら。

千鶴:例えば本店では、予約限定の「練りたてモッツァレラ」というメニューがありまして、「いまできたチーズ」ってこんな味なんですよ、というのを味わっていただけるんです。あとはオンラインストアで売っている「メイクモッツァレラ」とか。これはご自宅でモッツァレラチーズを作って、できたてを食べていただくセットなんです。その人の作り方で味は左右されるんですけど、それでも「あ、できたてってこんなに美味しんだ!」っていうのがわかっていただけるんです。

「モッツァレラバーガー」というのもありますよ。普通のバーガーでは、チーズはパンに挟むものですけど、「モッツァレラで具を挟む!」っていう(笑)。これは本当にできたてならではの食感です。試しに前日に作ったモッツァレラを使ってみたことがあったんですけど、やわらかくなっちゃって全然美味しくなかったんですよ。それだけ、1日で変わっちゃうんですね。

──できたてって、全然違うんですね。

千鶴:本当に違いますよ!

藤川:生あたたかいモッツァレラって、ミルクの香りも立って、ジュワッと出てくるみたいな。美味しいですよ!

──藤川さんはイタリアで修行されていたとか。

藤川:修行していたのはナポリピザです。そのあとに、3週間くらい、住み込みでチーズ農家さんに色々教えてもらったんです。修行というより、僕らが労働力を提供する代わりに、宿と食事を提供してくれる、現地の文化体験プログラムだったんですけど、チーズの作り方ってこんな風にやるんだって、全く知らなかったから面白かったですね。
イタリアの北の方、トレンティーノ・アルト・アディジェ州というところで。牛の世話もしていたので、酪農の大変さは身に沁みました。


チーズの秘密、「スタンド」の名前の意図

──CHEESE STANDさんの4種類のチーズは、全部同じ牛乳から作っているんですか?

藤川:そうです。1日の工程の中で、いろんなチーズに変わって行くんです。

基本のチーズ4種をもとに、持ち帰れるサンドウィッチやドリンク、デザートも


──どこの牛乳を使われてるんですか?

藤川:清瀬と東久留米という、東京の埼玉との県境くらいのところに7件くらい牧場があって、そこを全部回って、タンクローリーで毎日運んでもらっています。朝3時にここにタンクローリーがついて、店の外にある牛乳の受け入れボックスから配管を通って、奥の工房に入るんです。

──そこの牛乳にされたのは理由があるんですか?

藤川:酪農家はほとんどが酪農組合に属して牛乳を販売していて、僕らは酪農組合と契約をして仕入れるんです。いまの牧場は、その酪農組合が選んでくれた先です。僕らが希望したのは「なるべく近いところ」。なぜかというと、遠いと届くまでにタンクの中で牛乳が揺れて泡立って、脂肪が壊れちゃうんですね。脂肪が壊れると酸化してしまうんです。だからなるべく振動が少なくて済むように、近いところから、ということでお願いしました。

──運送距離が牛乳の質に影響するなんて、知りませんでした……。ところで、「CHEESE STAND」の名前の由来はなんですか?

藤川:わかりやすい名前、というのが一番でした。イタリア語でフォルマッジョ(チーズの意)とかじゃなくて、みんなが知っている言葉にしたいと思ったんです。「スタンド」は、「ガソリンスタンド」とか、むかし駅なんかにあった「ミルクスタンド」みたいな、フラッと立ち寄れるイメージなんです。1号店は「SHIBUYA CHEESE STAND」なんですけど、「渋谷」を絶対につけようと思いました。「渋谷でチーズ作ってるんだ!」という意外性がいいなと。

──確かに、意外ですよね、渋谷でできたてチーズって……。実際フラッと立ち寄る方って多いですか?

藤川:そうですね。かなり遠方からもきていただいてますけど、豆腐屋さんで豆腐を買うみたいに、チーズをサッと買って帰る方もいらっしゃいますよ。SHIBUYA CHEESE STANDの方は、女性の方でワインとチーズのプレートをパッと食べに来られる方もいらっしゃいますし。

──私もたまに一人になりたい時にフラッと行ったりします。うちの会社だとガラス張りなので、一人でゆっくりしにくくて(笑)。


渋谷の朝は3時から始まる!?

──ところで、いつもの生活はどんな感じですか? 朝3時に牛乳がきて……。

藤川:最近は若いスタッフががんばってくれているので、5時くらいに店に来るんですけど、つい最近まで3時に来ていましたね。牛乳が届く時にいないとダメだったんで。3時から仕込んで、でき上がるのが10時前後で。パッキングとか後片付けとかやって13時くらいになって、そこから僕は事務作業したりとか。

チーズと合うこだわりの食材が揃う2号店〈& CHEESE STAND〉


──じゃあ、1号店のオープン当初は、その後さらにお店の調理や接客もされていたと……。

藤川:まあ当初は量も少なかったので、なんとかなりましたけど(笑)、僕、配達もしていました。大学生の時に買った原付のカブがまだ生きていて、それに乗せて製造が終わったら配達に行って。そこから掃除したりとか。今は4時くらいに起きて、5時くらいに店に来て、13時までですね。そのあと一度家に帰って事務作業をして、寝るのは夜9時くらいですね。

3時に起きていた時は、夜は8時半に寝ていました。僕、大学生の時に魚市場で働いてたんですけど、その時も同じような生活だったので、僕の人生の中で一体何年8時半に寝てるんだろう、って(笑)。

──千鶴さんも早寝早起きなんですか。

藤川:いや全く。逆ってほどじゃないですけど。

──ワインのお仕事だと夜型のイメージですよね。

藤川:最近会ってなかったですよ。僕が寝る頃に帰ってきて、朝ごはんだけ一緒に食べて、みたいな。

──つかぬことをおうかがいしますが、お二人はどうやって知り合ったんですか?

藤川:名古屋で同じレストランに勤めていたことがあったんです。僕は大学を卒業してすぐピッツェリアレストランに入って。彼女がその時に店長でホールとかをやっていて、そこで出会いました。

1号店、2号店とも、白い大きな牛がお出迎え


──お二人は名古屋ご出身なんですか?

藤川:僕は岐阜です。西側の大垣っていうところ。で、千鶴も岐阜で。

──じゃあお二人ともドラゴンズファンですか(笑)。

藤川:僕はそうです!

──うちの代表も、愛知出身でドラゴンズファンなんです!

藤川:マジですか! 僕ら年に1回、見に行ってるんですよ。愛知出身のmimet(ミメ/富ヶ谷・カフェ)のヤマモトタロヲさん、HAY hutte(ハイヒュッテ/松濤・雑貨店)の安井さんと、岐阜出身のMinimal(ミニマル/富ヶ谷・チョコレート)の山下さんと一緒に。

千鶴:いろんなグッズを持っていて、たくさん捨てさせたんですけどね。うちわとか。でもまた新しいものを買ってきて……(笑)。記念のなんかあったね、捨てられないもの。

藤川:そう、日本一になって星野さんが胴上げされている新聞とか(笑)。

千鶴:ここの通り沿いに、OL Tokyo(オルトーキョー/宇田川町・クラフトビアバー)さんのアルバイトの子が岐阜出身で、わざわざ報告しにきましたよ。「Pignon(ピニョン/神山町・ビストロ)さんにもいますよ! 一人!」って(笑)。

──意外なところで地元ネタが盛り上がりますね(笑)。岐阜って酪農は盛んなんですか?

藤川:北の方でちょっとやってますね。ひるがの高原とか、スキーもできるようなところ。チーズもそこでちょこっと作ってますけど、そんなに盛んではないですね。
僕にはチーズに関係するバックグラウンドがあったわけじゃなくて、ただチーズが好きだっただけなんです。田舎なんで、ちっちゃい時に食べた、とろけるスライスチーズとか、普通にそんなのが好きでした。あとピザが好きでしたね。だから最初にピザ職人をやって。

──大学ではちなみに何を?

藤川:イタリア語をやってました。

──じゃあチーズつながりでイタリアへの憧れがあったとか。

藤川:そうかもしれないですね。本当に料理が好きだったら、大学に行きながらバイトでもできるかな、って、イタリア料理店でアルバイトもしました。

──いろいろ雑談になっていますが……最後に、ここだけは伝えておきたい、ということはありますか?

藤川:……なんかある?

千鶴:やっぱり一番の考え方の原点になったのはあのシェ・パニースの考え方でしょ。

藤川:素材を大切にする、ということですね。

千鶴:私たちの作るチーズっていうのは決して特別なものじゃなくて、日常食にできるくらい、安心できて、生活のいろんなシーンにも寄り添って、食べていただけるもの。そういう思いで毎日作っています。

藤川:僕らがチーズを作っているのは、「チーズを身近にしたい」っていう思いがあるから。そのためにお店もやって、絵本(『モッツァーマン』)もつくったりしてるんですけど、フレッシュなチーズのおいしさとか、そんなチーズの食べ方の提案とか、チーズをもっともっと身近にしていくことで、食生活が豊かになればいいなと思っています。



ていねいに、大切につくったものが、生活の中にある豊かさを。そんな願いはチーズだけではなく、「本」に関わる私たちにも共通しているように思います。

きちんとつくられたものを、食べ続ける、読み続けるかどうかは、人々の体とか考え方とか、いろいろなところに影響を及ぼすのではないでしょうか。そんなことを改めて感じたご近所さんとの対話でした。

CHEESE STAND(チーズスタンド)
【1号店】SHIBUYA CHEESE STAND
渋谷区神山町5-8 1F(11:00〜22:30(L.O.22:00)、日曜日 11:00〜20:00)
【2号店】& CHEESE STAND
渋谷区富ヶ谷1-43-7 1F(11:00〜20:00 月曜定休)

藤川真至(ふじかわ・しんじ)さん
1981年岐阜県生。大阪外国語大学(現大阪大学)イタリア語学科卒業。バックパッカー中にナポリピッツァに出会い現地にて修行。同時に出来たてのチーズの美味しさに目覚める。北イタリアのチーズ工房にて住み込みでチーズ作りの基礎を学ぶ。卒業論文は「イタリアの水牛モッツァレラ」。2012年6月「街に出来たてのチーズ」をコンセプトに「SHIBUYA CHEESE STAND」オープン。国内外のコンクールにおいて様々な賞を受賞。チーズをより身近にするためにセミナーの開催や絵本、オウンドメディアを手がける。

藤川千鶴(ふじかわ・ちづる)さん
岐阜県生まれ。イタリア料理に携わって20年。イタリアにドルチェの勉強で初めて滞在した時から、生活に密着した食文化の魅力の虜に。その後、レストランで働きながら機会をみてワイン生産者やオリーブの生産者の手伝いの経験をしてその想いは強くなる。イタリアソムリエの資格を取得後、東京のレストランでシェフソムリエとして勤務。現在CHEESE STANDにてワインセレクトやイタリア文化会館でワイン講師を行う。日本在住初のイタリアソムリエ認定オフィシャルテイスターを取得。